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山内ケンジ作『新しい男』 [芸術]

『新しい男』〜城山羊の会〜

作・演出:山内ケンジ
出演:三浦俊輔 石橋けい 初音映莉子 山本裕子(青年団)岡部たかし 
木村荘平 古舘寛治(青年団・サンプル)
三鷹文化センター 2009年7月1日

三鷹は太宰治ゆかりの地。そのため今回の脚本は太宰治をテーマにしたものになったそうだ。生誕100周年ということで太宰治、桜桃忌が話題になっている。
過去の記憶に埋もれていたが、久しぶりに太宰治を読んだ頃のことを思い出した。
太宰治の鋭い人間観察に共感するとともに、渦巻きのように内へ内へと向かっていく暗い雰囲気に嫌悪感も覚えた。太宰は自分の文学の世界の中で完結しているように思えたが、読んでいる側にとっては(私は)、共感するものが多ければ多いほど、だからといってここに留まっているわけにはいかない、嫌悪感に埋まってちじこまっているわけにいかない、自分の世界をなんとか探さなきゃ、という思いがした。

山内演劇を見るのはこれで4度目。「新しい男」は『新しい...シリーズ』の3作目になる。(前作は「新しい橋」「新しい歌」)
山内ケンジが描き出す人間像はユーモラスだが、その可笑しさは、人間の愚かさや醜さをリアルに表現していることによるもので、見終わった後は「ああ、これじゃ人間は終わりだな」「どうしようもないな」と深い憂鬱感を覚える。
こんな異常なことあり得ないでしょ、と思いつつ、でも登場人物がすぐ身近で見かける人物にあまりに似ているように見えるから、ものすごいリアリティを感じて救いようのない気分になってしまう。
そういう意味では太宰治をテーマにしなくても、もともと山内作品は人間の哀れな性を描くことにおいて太宰治に通ずるところがあるようだ。

役者さんたちは全くもってすごい。どこにでもいる人間の特徴を鋭くつかんで見事に表現するので、劇中の登場人物のそれぞれに典型的な日本人のタイプを見てしまう。あ、こういう人いる、この人は誰かに似ている、という具合。
あまりに役になりきっているから、前回の劇で演じた役者さんと同じ方だとわからなかったほどだ。一回だけなら演じてもいいかもしれないが、公演の間毎日ああいう人物になりきって演じる、というのは気が変にならないものだろうか、と、そんな心配をしたいほど役になりきっている。役がその辺で見かけそうな平凡な感じである分、負荷が大きいのではないかと思う。

始めから終わりまで笑える所が多かったためか、山内作品でいつも味わう見終わった後の胃がねじれるような憂鬱さは今回の作品では少しやわらいでいたが、
劇の最後に読み上げられるセリフ、『人間失格』の「第一の手記」の冒頭部分、
<恥の多い生涯を送って来ました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。>
で、しぃーんとなる。やっぱり、太宰治のこの2行はすごいなあ。
ところで「人間失格」の英訳は'No More Human 'なのだが、英語の方が身もふたもない感じだ。<もはや人間にあらず>だなんて。

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herosia

なんと言っても前作で「アンナ・ヤポンスカ」を演じた山本さんの演技がすごかったですね。彼女は非常な才媛で今回の役の方が本人に近いそうです。
by herosia (2009-07-20 00:34) 

sachat06

「城山羊の会」みなさん本当にすごいですね。
次作もとても楽しみです。今度はどんなストーリィで、どんな役を演じるのか興味深いですね。
by sachat06 (2009-07-20 23:06) 

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