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モネの家 [芸術]

モネの家への道
フェルメールについて書いたので絵の話をもうひとつ。
印象派の画家モネについて書いておきます。一番本命のセザンヌやゴッホについては、なぜかもったいなくて書けません。その前にも好きな画家、ピカソ、ミロ、クレー、マチス・・たくさんいますね〜。
とにかく今日はモネの家の紹介です。モネがたくさん描いた睡蓮の池の写真を紹介しましょう。場所はパリから1時間ほどのジヴェルニーという田舎町です。

モネがジヴェルニーに住んだのは、もう印象派としての名声を確立した50才(1890年)のときでした。モネの家は大きくて広大な庭がついていました。

モネの家

家の中はほとんど当時のまま残されていて興味深いです。家の中は写真が撮れなかったのですが、ゆったりした居間はアトリエとしても使われていたようです。
部屋や廊下、階段の壁には生前モネが収集した美術品がたくさん飾られていますが、日本の浮世絵が一番多かったのです。ゴッホも浮世絵に傾倒し、浮世絵の模写をしたり、自分の絵の背景に浮世絵を入れたりしています。パリ万博で日本の美術品が紹介され1870年頃はいわゆる「ジャポニズム」の一大ムーヴメントがありました。このときモネは30才位です。印象派にとって葛飾北斎をはじめとする浮世絵はとても人気があったのだと感じます。
モネの居間からは大きな庭が見えます。

モネの居間からの眺め

さて、庭だけど、花が咲きみだれる散歩道が大きな蓮池の回りにそって続いています。池と言っても大きな公園の池ぐらいはあるので、運動なんぞ自分の家の庭ですんでしまいますね。




蓮の池はモネがわざわざ水をひいてつくったものというから、モネは裕福だったのでしょう。この蓮池を描いた作品は数多くあります。下の写真ですが、モザイクにすると「モネの絵」になるところが面白いです。色を光りの粒子ととらえるのは画家の目ならだれでもそうかと思うけど、印象画派はその光り粒子に焦点をあてたのですね。
それまでの写実主義は暗く重苦しい画風が多いので、印象派あたりから私もぐっと絵に親しみを感じるわけです。


モネは1890年から亡くなる1926年までの間、ここジヴェルニーで暮らし、その間に200点もの睡蓮の池の絵を描いています。モネは「この庭と池こそが、わしの最高傑作じゃよ。」と言っていたそうな。
「睡蓮」以外で私が好きなのは、「日傘を差す女」(モネ夫人の絵)と「積みわら」などです。


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mai

絵画もクラシックも疎い私ですが、タマラさんのブログでは写真を見ているだけで癒されます。ありがとうございます♪ちなみに私の守備範囲は音楽ではロック(60〜70年代と邦楽の一部)、三谷幸喜さんの演劇、小説(これは読んでいる分量少ないです)というところでしょうか。最近、なぜかピアノでモーツアルトのトルコ行進曲の練習を始めました(笑)。
by mai (2007-10-08 18:03) 

ゆき

まいさん、こんにちは。
写真をほめていただきありがとうございます。
私の写真はただ被写体がきれいなだけなのですが・・。
今はクラシックにのめりこんでいますが、実はロックも大好きだったのですよ。60~70年代はいい曲がたくさんありましたね〜。今はロック界はどうなっているのかな?
ピアノの練習いいですね!今からしっかり練習すればかなり上達しますね。私はフルート吹いているときが一番無心になれる時です。音楽を聴くときよりリラックスできるのが不思議・・。
by ゆき (2007-10-08 19:22) 

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